二部村狐憑き事件の解決通達
どんな伝承か
御触書が出たのち、神門郡二部村の一件は藩庁の役人岩佐文左衛門から郡役人宛の文書によって決着した。二部村の八郎左衛門ら八名は新右衛門・金左衛門両人の親類であったが、前年の秋に両人が狐持ちの悪名を受けたことから親戚関係を断ち、まったく行き来をしなくなっていた。不埒千万として取り調べたところ、両人が狐持ちだという悪名はまったくの嘘偽りであることが明白になったので、従前どおり交際するようにと言い聞かせ、このたびだけは許すと叱り置いたという。これを受けて村々は、今後どんなたわ言があっても人狐の仕業とは決して申さず、内々にも祈禱は望まないと村中連判の一札を差し出した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
つきもの持ち迷信の歴史的考察――狐持ちの家に生れて(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・昭和(1953頃))
速水保孝『つきもの持ち迷信の歴史的考察―狐持ちの家に生れて』(柳田國男序)。自ら狐持ちの家に生まれた著者が、つきもの持ち迷信による差別・人権侵害を内側から告発し、その類別と歴史的背景を考察する。