久手の内葬本葬
どんな伝承か
旗鉾からすこし奥地にある久手は、『斐太後風土記』に十五戸の村とあるが、今は分家などが加わって二十二戸である。ここでも内葬の後に本葬を行うことが稀にはあり、小坂長右エ門の家でも、かつて長姉が亡くなった時、横浜で働いていた父親の帰宅まで待ちきれず、親戚だけで内葬をし、父の帰宅の後に本葬をしたことがあったという。ただしここは古くから火葬の土地で、昔はただ石をかまど形に積みあげたものがあり、その上に棺を置いて下から薪をたいたのであった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊魂の行方(最上孝敬・最上孝敬・葬送民俗・昭和(民俗学))
民俗学者・最上孝敬『霊魂の行方』。日本各地の葬送習俗を実地調査し、死者の霊魂がどこへ行きどう処理されるかを論じた葬送民俗研究の集成。