焼岳大噴火と降灰十数里
どんな伝承か
上高地の温泉場に滞在していた間に焼岳が大噴火を起こし、降った灰は十数里の範囲に及んだ。また著者は真っ暗な夜に徳本峠を越え、山道六里を駆け下って村里に出ると、さらに六里の道を夜通し歩き続けたが、その異様な身なりのために警官に後をつけられるという滑稽な目にも遭った。著者は、紀行として書き留めるべきことはほかにも多いとしながら、本書の骨組みである霊能力の発現の話へ筆を進めるため、これらの詳細は省いている。
原典より
温泉場に滞在中焼岳の大噴火ありて降灰十數里に及びしことや、…—— 修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・1913年(大正2年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・1913年(大正2年))
『修養と通力』は、高橋宮二が著し、大正二年に東京宝文館から発行した、深呼吸による精神修養と千里眼の実験の記録である。第一編「実験四年」は、修養の方法と焼岳での雪中の修養を述べ、千里眼の能力を得た妻貞子を明治四十三年から四年間養い、福来友吉博士らの立ち会いで透視と念写を試みた経過を記す。第二編「山の趣味」は附録の紀行で、北アルプスの大黒鉱山で雪中に半年埋もれた人夫六人の遺体を片付けた顛末と、黒部谷や中津川への旅を収める。