福来邸の座敷に浮いた妙法の字
どんな伝承か
大正二年四月二十四日の夜、福来邸の座敷で下実験が行われた。乾板を三枚重ね、中央の一枚に文字を写すという注文である。能力者は妙の字を写した、次に法の字を写したと告げて横たわり、要した時間は七分二十五秒だった。現像すると妙は薄く法は鮮明に浮かび、書きぶりは常人の及ぶところではなく、乾板一面に渦を巻くような線も感光していた。五月十日には同じ座敷で第八回が行われ、封印した乾板を床の間の厨子に納めて福来が終始監視するなか、井上哲次郎ら学者が立ち会った。五分ほどで指の形と金の字、天の字が現れた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・1913年(大正2年))
『修養と通力』は、高橋宮二が著し、大正二年に東京宝文館から発行した、深呼吸による精神修養と千里眼の実験の記録である。第一編「実験四年」は、修養の方法と焼岳での雪中の修養を述べ、千里眼の能力を得た妻貞子を明治四十三年から四年間養い、福来友吉博士らの立ち会いで透視と念写を試みた経過を記す。第二編「山の趣味」は附録の紀行で、北アルプスの大黒鉱山で雪中に半年埋もれた人夫六人の遺体を片付けた顛末と、黒部谷や中津川への旅を収める。