小松島松浦家への降札集中
どんな伝承か
小松島では慶応三年十二月一日に降札が始まり、中旬に第一のピークを迎えたが、その後しだいに徳島藩を代表する藍商の一人・松浦家への降札に集中していった。翌年一月二十一日には五四九枚が降り、そのうち五四一枚が松浦家にまとまって降ったという異常な集中がみられた。松本博氏はこれを『藍商松浦家に対する民衆側の作為による集団的知謀があったことは明らかである』とし、在郷町とその周辺の民衆が特権的な藍商に降札を仕組み、踊り込みをして酒食の振る舞いを強要した、民衆の世ならし期待の行為だとみている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。