金ヒラはんを舁き廻る話
どんな伝承か
徳島で踊っていた二人が、『小松島に金比羅はんのお下がりがあるらしい』と聞きつけ、踊りながら道中を進み、小松島の神代橋の袂に着いたのは、まだ夕日が川面に赤い光を投げていた頃だった。橋の向こうでは大勢の騒ぎ声が響き、種々雑多な扮装をした男女数十人が、前垂れ姿の町人風の男を担ぎ上げて渦を巻いていた。実はそれは小松島切っての富豪・井上家の番頭金平で、金比羅ではなく『金ヒラ』の語呂合わせだったという、ええじゃないか騒動の挿話。
原典より
「小松島に金比羅はんが御降りなはつとろちうな。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・昭和(対象は幕末)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・昭和(対象は幕末))
概観篇では御降り(御札降り)に関する騒擾、伊勢神宮への御蔭参り・抜参りを慶安・宝永・明和・文政・慶應と時代別にたどり、慶應のええじゃないか、阿波のええじゃないかへと展開。幕末阿波(徳島)の御札降り・群集乱舞・世直し的民衆運動を、各事例の冒頭に【日付】【場所】【人物】【状況】マーカー付きで網羅した民俗・世相史。