祝賀行列の中にもう一人の自分
どんな伝承か
支那事変のさなか、南京攻略を祝う行列が銀座から宮城前まで人を埋めていたころのこと。Iという男は、「ひめゆりの塔」を書いた石野径一郎と詩人の倉橋弥一と連れ立って、今はなくなった数寄屋橋から日劇の方へ歩いていた。そのとき倉橋が前方を指し、Iがここにもいるのにあそこも歩いている、これはいったいどうしたわけだと言った。見ると確かにIと同じ男が通り過ぎていったのである。Iは何も答えられなかった。これはIにとって三度目の出来事で、十六の年に葉山の海辺で、二十一の年には横浜の丸善の店先で、やはりもう一人の自分に出会っていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません