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赤坂宿四十二か村の助郷嘆願

所在地愛知県豊川市赤坂町
年代慶応二年(1866)九月
登場遠村の農民たち
出典ええじゃないか始まる

どんな伝承か

慶応二年九月、三河国赤坂宿の定助郷四二か村が助郷の減免を嘆願した。嘆願書によれば、ここ四、五年は通行が増えて昼夜の別なく勤めねばならず、遠村の者はやむをえず宿に泊まり続けて弁当米や小遣いに差し支えている。こうして借金がかさみ、田畑は草刈りもできず手抜きとなって収穫が減った。しかも賃銭は宿が預ったままで割り渡されていない。四二か村の合高は一万四三九〇石で、向こう二十か年の半高休役を願い出た。額田郡細野村のように猪・鹿・兎の害や水不足に苦しむ辺鄙な村も含まれていた。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

ええじゃないか始まる(田村貞雄・現代(歴史研究))

歴史学者・田村貞雄による、1867年(慶応3)の民衆運動『ええじゃないか』の起源を三河地方の御札降りから検証した歴史研究『ええじゃないか始まる』。伊勢神宮などの御札(御祓)が空から降る『御札降り』を発端とするこの運動の最初期を、従来説より早い7月中旬の牟呂村(豊橋)に特定。神職の記録『留記』を分析し、慶応3年7月14日大西村での御札降り、子と妻の死、宮司森田光尋による『二夜三日正月』の決定と開始、各地への祭礼の波及を辿る。

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助郷嘆願慶応二年

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