吾妻橋で憑いた身投げ女の生霊
どんな伝承か
日曜の夕方、金井君は浅草でレビューを見た帰り、吾妻橋を急いでいた。橋の中ほどで、吹きつける風とはまるで質の違う鋭い冷気が背筋を走り、思わず首をすくめた。隅田公園を抜けて業平町の家に戻ると、顔は蒼白で唇まで色を失っており、熱は三十九度を超えた。まどろむたび見知らぬ若い女の顔が枕元に迫り、三日目には子供のことは引き受けた、あや子、泣くなと口走った。母が近所の女行者を呼ぶと、巫女は九字を切り、二十二歳の身投げ女の生霊が憑いていると告げた。女は水中で助けを求めたのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖奇怪談集(山門王吉・昭和初期(昭和11年前後))
山門王吉による『妖奇怪談集』は、明治初年から昭和初期にかけて日本各地で報告された超自然現象と心霊現象を記録した怪談集である。本書は単なる創作ではなく、実話や伝聞に基づいた報告として編纂されている。便所の霊、消えた女、生霊の憑依、棺桶の浮遊、死者との遭遇など、多様な現象が描かれる。特に強調されるのは、女性の死(身投げ・轢死・虐待死)に伴う怨念と執念である。