幾度も引き返す自転車の男
どんな伝承か
大東京の新市内にはまだ田舎めいた場所が残っていた。葛飾区の町はずれ、竹藪に挟まれた細い一本道を三丁ほど行かなければ人家の集まる通りには出られない。K君は借り物の懐中電灯で足元を照らしながら家路を急いでいた。藪の中ほどまで来たとき、警鈴を鳴らして自転車の男が向かってきたので、道の端に寄ってやり過ごした。目の大きな、口のひきつった、子どもほどに小柄な男である。ふたたび歩き出すと、また同じ音が近づき、よけて見上げると先ほどと同じ顔だった。狭い一本道で引き返せるはずはない。K君は鈴の音を背に夢中で駆け出した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖奇怪談集(山門王吉・昭和初期(昭和11年前後))
山門王吉による『妖奇怪談集』は、明治初年から昭和初期にかけて日本各地で報告された超自然現象と心霊現象を記録した怪談集である。本書は単なる創作ではなく、実話や伝聞に基づいた報告として編纂されている。便所の霊、消えた女、生霊の憑依、棺桶の浮遊、死者との遭遇など、多様な現象が描かれる。特に強調されるのは、女性の死(身投げ・轢死・虐待死)に伴う怨念と執念である。