菅原道真の怨霊と北野天満宮
どんな伝承か
学者出身の政治家・菅原道真は右大臣にまで昇るが、ライバルの藤原時平によって失脚させられ、大宰府へ左遷されて延喜三年にその地で没した。まもなく京や近隣の村々で洪水や疫病が流行し、道真の祟りだとの噂が広まるなか、時平や二人の皇子、さらに醍醐天皇までも相次いで崩御した。朝廷は道真の怨霊を「天満自在天神」として祀り上げることで怒りを鎮めようとし、没後およそ五十年を経て創建されたのが北野天満宮の始まりだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
異界巡礼(小松和彦・1990年代~2000年代推定)