菅原道真の祟り
どんな伝承か
藤原時平の讒言により大宰府へ左遷された菅原道真は、恨みを抱いたまま配所で没した。数年後、その怨霊が京都に現れ、大雷雨と落雷が続いて藤原時平・菅根・清貫ら藤原一門が相次いで死に、御所の紫宸殿と清涼殿も炎上した。人々は道真の祟りだと恐れ、陰陽師や僧に鎮魂を祈らせたが効なく、四十余年を経てようやく天満宮が造営されたという。道真は亡霊とならず、雷にみずからの怨念を託したのだと語られる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
怪談の世界(山田野理夫・昭和中期(1977年頃))
ザシキワラシ(座敷童子)と福の神(怪談の世界)/遠野・東北の怪異伝承/家運の盛衰と怪音/妖怪と幽霊譚/山田野理夫の怪談採集