赤松池の主となったおつなと徳林寺
どんな伝承か
松江から来た鷹匠が三分市の飯塚家の娘と夫婦になったが子がなく、大山寺の観音に願を掛けて女児を授かり、おつなと名づけた。娘は成長ののち大山へ礼参りをした帰り、赤松池で休んだ折に身を投げ、池の主になると水中から声がした。数年後の天保の頃、松江藩医木村文泰が三分市で開業すると、松江から来たという十七、八の美女が診察に訪れ、腕には鍼が立たず舌に打った。徳林寺の風外和尚は女を蛇体と見抜き、その診療の様を竜の画に描いた。のち授戒に現れた女が池の主のおつなと知れ、和尚は境内に小堂を建てて弔ったという。飯塚家では大晦日に盥の水を据えると濁ったと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。