柿本人麿
どんな伝承か
安来市の海岸通にある岩礁に、高さ四尺余りの碑石が斜めに立っていた。今は周囲が田圃となり、一方は船入りの堺となって碑石は半ば埋もれている。口碑にいう。柿本人麿が都から帰郷する際に乗った船が、この岩礁に触れて卒去したので、土人がここに石碑を建てて公の神霊を祀ったのだと。類話では、潮美町池内・長石垣地区の沖にある仏島がその島とされ、人麿が石見往来の途中で難船して客死したと伝える。
原典より
海岸通にある岩礁にして高さ四尺余り碑石斜立せしも、今は周囲田圃となり一方船入堺となり碑石半ば埋れり。—— 日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。