都野津に残る人麿夫妻の柿本神社
どんな伝承か
人麿は大和に生まれ、幼くして父を亡くし、母とともに石見国美濃郡小野郷、いまの益田市にあたる地の縁者を頼って移り住んだという。長じて語部となり、天武朝に国史を定める事業が起こって諸国の語部が召された折に出仕したが、覚えていた出雲石見の言い伝えが朝廷の怒りに触れ、語部を退くことになった。才を惜しまれて草壁皇子の舎人となり、皇子が二十八歳で世を去ると、自ら望んで石見国府の役人として下った。朝集使として上京する際、石見でめとった妻依羅娘子に送られ、高角山で別れを惜しんだ歌はよく知られる。娘子は都野津本郷の医師井上道益の娘だと伝え、都野津には人麿夫妻を祀る柿本神社がある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。