柿本人麿
どんな伝承か
人麿が朝集使として上京したのは、ここの恵良から都野津へ出て東上する路をとったからであり、歌が都農の浦回、すなわち都野津から始まるのは当然だという。人麿は在任中、土地の人に砂鉄洗いを勧め、また紙を漉くことを教えたと伝わる。妻の恵良媛は養蚕の手本を示したといい、その名残としてエラ前・エラ畑に近く、桑市という字の名が今も残っていると『那賀郡史』は記している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。