富田八幡宮の遷宮を決めた白羽の矢
どんな伝承か
保元の年間、景清は出雲代官となって富田の月山に城を築こうとしたが、山上に八幡宮があり、神と居を同じくすることを恐れて社を遷すことにした。御籤を引いたうえで闇夜に白羽の矢を放ち、落ちた場所へ社殿を建てると誓ったところ、矢はいまの富田八幡宮の松に当たったという。白羽の矢と矢当り松はいずれも神宝として今に伝わる。天保六年二月には広瀬藩士森山定志が碑石を建てて保存を図ったが、その碑はすでに失われ、代わりの木が植えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。