鶏飼わず
どんな伝承か
菅原道真が大宰府に流される途中、長洲で潮待ちをされたとき、明日の出立は一番鶏の刻を告げる声を合図とすることになった。その夜、菅公をよく思わない者が、鶏舎のとまり木になっている竹に熱い湯を通した。足を暖められた鶏は、もう夜が明けたものと勘違いして一番の刻を告げ、一行はまだ夜明けには早いのに、しかたなく出立していった。後で村の人たちは鶏が勘違いしたことを知り、以後、村では鶏を飼わないようになったという。戦後の食糧難の一時期に、葱も作ろう鶏も飼おうということになったが、氏神の嫌うことを黙ってしてはいけないと神主に祓ってもらってのことで、それもしばらくの間で元どおりになった。
原典より
菅原道真が大宰府に流される途中長洲で潮待ちをされたとき、明日の出立は一番鶏の刻を告げる声を合図とするということになった。—— 日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。