妙法山で身を焼いた応照上人の火定
どんな伝承か
那智の妙法山には、応照上人が火定を遂げたと伝える跡が残る。応照は『法華経』を行ずる者で、みずからの体に火を放つという捨身の行をこの地で行なったという。捨身行には水に身を投げる入水、食を断って死に至る入定、高みから飛び降りる投身などがあり、『大宝律令』が焚身捨身を禁じているのは、そうして命を絶つ行者が少なくなかったことを物語る。仏道では自分自身を差し出すことが最上の布施とされ、応照が読んだ『法華経』にも身を焼いて仏に供えた薬王菩薩の話が載る。行者たちはその功徳で人々を救おうとしたのだと説かれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・現代(解説))
渋谷申博・瓜生中『呪術と占いの日本史―歴史を動かし庶民が信じた知られざる闇の系譜』。古代から近世まで、日本史を動かした呪術・占い・呪詛・怨霊を時代別に解説する。第一章(古代)では屈葬・土偶の人形呪術・鳥信仰、卑弥呼の鬼道、大国主尊伝説、トコヒの呪いと盟神探湯(ウケヒの審判)、妖怪にされた土蜘蛛、景戒の夢占い、人柱伝説、橘奈良麿の僧人形・子狐串刺しの呪詛、童謡の予言、道鏡と宇佐神宮の託宣、怨霊の祟りと遷都を扱う。