三密の極意
どんな伝承か
実川上人は熊蔵を呼び、手を高くあげて招いた。いまのが極意じゃよという。呼んだ声は経文、手を揚げて招いたのは九字を切り印を結ぶ所作、そちを呼ぼうとした心はすなわち行であり、三密は明け暮れのふるまいにも備わっていると師は説いた。続いて金剛界と胎蔵界の説明をしたのち、この世での師弟の縁はこれまでだ、わしは今日こそ娑婆の命数が終ってもとの五大に帰ると告げる。以後は熊嶽と名乗れと言い、巻物はいまわのきわに開けよと言い残すと、経文を唱えながら那智本滝の落口へ歩み、枯木が倒れるように身を転じた。駆けよって覗きこむと、師の身体は遥か下の滝壺の横に横たわっていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・現代(著述))
井村宏次『霊術家の饗宴』。明治末から昭和初期にかけて隆盛し、抹消された〈霊術家運動〉の歴史を発掘・復元する。プロローグで霊術家の運命を予告し、第一章では気合術師・浜口熊嶽が帝都に乗り込み九字と気合の嵐で名を上げ、明治の心霊手術を行い、実川上人のもと那智滝で仙人修行・三密の極意を得て、大阪の『真言秘密』裁判で判官臨席の気合術実験により勝利するまでを描く。