明治の「真言秘密」裁判
どんな伝承か
大阪の谷町台地の南半分には由緒ある寺が密集し、松屋町筋から台地へ数多くの坂が通じている。四天王寺近くの口縄坂を登りつめて右にとると洞厳寺があり、浜口熊嶽の施術所はそこに置かれていた。新聞が連日その行動を書きなぐったため、伝え聞いた病人たちは急な坂をあえぎながら登っていった。明治三二年の十月も終りに近いある日、天王寺警察を出た一団の男たちが洞厳寺に向かう。罪名は大阪府違警罪、神仏に託し妖怪異説を唱え人を眩惑せしむる所業である。引きたてられた熊嶽は聞きしにまさる強情者で、頑として罪科を認めず、拘留を申しわたされると猛然と反発し、机を叩いて裁判にしてくれと言い放った。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・現代(著述))
井村宏次『霊術家の饗宴』。明治末から昭和初期にかけて隆盛し、抹消された〈霊術家運動〉の歴史を発掘・復元する。プロローグで霊術家の運命を予告し、第一章では気合術師・浜口熊嶽が帝都に乗り込み九字と気合の嵐で名を上げ、明治の心霊手術を行い、実川上人のもと那智滝で仙人修行・三密の極意を得て、大阪の『真言秘密』裁判で判官臨席の気合術実験により勝利するまでを描く。