水垢離をとって帝都へ挑む気合術師
どんな伝承か
明治三十四年二月二十一日の未明、東京市神田小川町の旅館矢追屋で、一人の男が暗闇に目を凝らしていた。紀州の漁村長島に育ち、修験の実川師と出会い、那智山で苦行を積んで祈禱師として立った浜口熊嶽である。明治二十九年ごろから病気治しを始め、大阪や神戸をはじめ西日本一帯に、怪行者、妖僧、山師坊主といった悪名を轟かせていた。この日、彼は神田錦町の錦輝館で気合術を披露する。裏庭の井戸でつるべを落とし、真言を唱えて一気に水を浴び、九字を切って白みはじめた空を見上げた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・現代(著述))
井村宏次『霊術家の饗宴』。明治末から昭和初期にかけて隆盛し、抹消された〈霊術家運動〉の歴史を発掘・復元する。プロローグで霊術家の運命を予告し、第一章では気合術師・浜口熊嶽が帝都に乗り込み九字と気合の嵐で名を上げ、明治の心霊手術を行い、実川上人のもと那智滝で仙人修行・三密の極意を得て、大阪の『真言秘密』裁判で判官臨席の気合術実験により勝利するまでを描く。