水神へのいけにえ 人柱伝説
どんな伝承か
仁徳天皇が河内国の茨田堤を築こうとした際、たびたび堤が決壊して工事が難航した。天皇は夢で神託を受け、武蔵国の強頸と河内国の茨田連杉子の二人を川の神への人身御供とすれば工事が完成すると告げられる。強頸は泣きながら川に入り一か所の堤を完成させたが、杉子はひさごを二つ川に投げ「これが川の神の求めなら沈めてみよ」と言うと、ひさごは浮かび上がって流れ去ったため、犠牲にならずに済み、堤の工事も無事終わったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・現代(解説))
渋谷申博・瓜生中『呪術と占いの日本史―歴史を動かし庶民が信じた知られざる闇の系譜』。古代から近世まで、日本史を動かした呪術・占い・呪詛・怨霊を時代別に解説する。第一章(古代)では屈葬・土偶の人形呪術・鳥信仰、卑弥呼の鬼道、大国主尊伝説、トコヒの呪いと盟神探湯(ウケヒの審判)、妖怪にされた土蜘蛛、景戒の夢占い、人柱伝説、橘奈良麿の僧人形・子狐串刺しの呪詛、童謡の予言、道鏡と宇佐神宮の託宣、怨霊の祟りと遷都を扱う。