道真の怨霊と御霊信仰
どんな伝承か
天慶元年、都のあちこちに彩色された男女の神像が祀られ、祟り神・疫病神とされる「御霊」を鎮める儀式が行われていた。御霊の一つに数えられるのが菅原道真の霊である。平安中期、右大臣道真は左大臣藤原時平の讒言により太宰府へ左遷され、その地で病死した。まもなく蔵人頭藤原菅根が雷神と化した道真に蹴殺されたとの噂が広まり、時平も間もなく病没する。祟りをなぐさめるため道真の霊を祀る北野神社が建立され、天満宮と称されるようになったと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・現代(解説))
渋谷申博・瓜生中『呪術と占いの日本史―歴史を動かし庶民が信じた知られざる闇の系譜』。古代から近世まで、日本史を動かした呪術・占い・呪詛・怨霊を時代別に解説する。第一章(古代)では屈葬・土偶の人形呪術・鳥信仰、卑弥呼の鬼道、大国主尊伝説、トコヒの呪いと盟神探湯(ウケヒの審判)、妖怪にされた土蜘蛛、景戒の夢占い、人柱伝説、橘奈良麿の僧人形・子狐串刺しの呪詛、童謡の予言、道鏡と宇佐神宮の託宣、怨霊の祟りと遷都を扱う。