例一〇 九十七度出現した亡霊
どんな伝承か
明治維新前のこと。松江市北田町の旧藩役人佐野幹衛は、出雲国八束郡美保関の代官所へ勤めていた。ある日、代官所近くの小路で博徒が喧嘩をして人だかりができ、幹衛の新妻おキワは臨月の腹をしながら塀の内際の荒神の松によじ登って見物した。彼女はその夜から怪しい病にかかり、十日余り苦しんで死んだ。幹衛が後妻タネを迎え、家庭が円満になると、キワの幽霊が毎夜出るようになった。細い火が襖の隙間から入り、茶碗ほどの火玉になったという。祈禱師に封じられるまで九十七日続いたと伝わる。
原典より
事實は舊く明治維新前のことであるが、著者方の緣類つきの家にての事實で、著者が心靈研究に入りたる動機は實に之れにあるのだ。—— 心霊不滅(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊不滅(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期)
心霊研究家・岡田建文の『心霊不滅』。唯物科学を批判し、肉体死後も心霊(心識)が不滅であることを古今東西の事例で立証しようとする心霊科学書。序説でイオン研究所のエーテル体撮影や、神戸の歯科医方で死去した令嬢朝子の消息を語ったセキセイインコ、タイタニック沈没時の挿話を置く。