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神秘世界の呼び声

所在地岐阜県高山市
年代明治四一年
登場井村宏次、多津子、福来博士夫人
出典霊術家の饗宴

どんな伝承か

福来博士は昭和二十七年、最後の気力を振り絞って『日本の最も偉大な霊媒三田光一』を書き上げ、まもなく逝去した。死期を悟った博士は多津子夫人に「仕事を残してゆくのは残念だ」ともらし、庭の白梅が強風に散った三月十三日、この言葉を最後に世を去ったという。翌年の夏、信州長野へ向かう機会を得た著者は、かつて単なる登山の中継地としてしか訪れなかった高山を、改めて観光と福来記念館再訪の目的地に選んだ。車中、『東京帝国大学学術大観』に福来の名がただ一度、明治四十一年に助教授に任ぜられ大正二年に休職となったとだけ記され、休職の原因である千里眼騒動には一切触れられていないことを著者は思い返す。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・現代(著述))

井村宏次『霊術家の饗宴』。明治末から昭和初期にかけて隆盛し、抹消された〈霊術家運動〉の歴史を発掘・復元する。プロローグで霊術家の運命を予告し、第一章では気合術師・浜口熊嶽が帝都に乗り込み九字と気合の嵐で名を上げ、明治の心霊手術を行い、実川上人のもと那智滝で仙人修行・三密の極意を得て、大阪の『真言秘密』裁判で判官臨席の気合術実験により勝利するまでを描く。

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