月見台神社で授かった鎮魂帰神
どんな伝承か
明治三十一年四月、二十八歳の上田喜三郎が丹波亀岡在からはるばる駿河へ下った。案内したのは月見台神社付属の稲荷講社で布教していた三矢喜右衛門である。安倍郡不二見村下清水にあるこの社の境内の家に、三矢の師の霊学者長沢雄楯が住んでいた。上田はそこで本田親徳直伝の鎮魂帰神の行法を授かり、社務所で自らが神主、長沢が審神者となって修法を重ねる。六、七歳の頃から神憑りの経験があった上田は上達が早かったという。このとき憑いて日露戦争を言い当てたのは小松林命だと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・昭和40年代(推定))
霊界からの賞罰覿面(日本神異見聞伝)/天狗・竜神の憑依と霊界通信/神霊による人生指導/神隠しと予言/各地の神異・霊異見聞