駿府の御札降り
どんな伝承か
駿府町奉行所の同心立花雄三郎が記した「用留」によれば、駿府の御札降りは慶応三年九月二十六日に始まった。九月二十七日の項に「昨日より町方所々、札守降来、人気騒立、門見世を立て」とあり、以後立花は町中を巡回して見聞した出来事を記録し続けた。駿府浅間神社の神官大井菅麻呂の日記にも九月二十八日の項に町方に御札が降り始めたとあり、立花の記述を裏付けている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・現代(歴史研究))
歴史学者・田村貞雄による、1867年(慶応3)の民衆運動『ええじゃないか』の起源を三河地方の御札降りから検証した歴史研究『ええじゃないか始まる』。伊勢神宮などの御札(御祓)が空から降る『御札降り』を発端とするこの運動の最初期を、従来説より早い7月中旬の牟呂村(豊橋)に特定。神職の記録『留記』を分析し、慶応3年7月14日大西村での御札降り、子と妻の死、宮司森田光尋による『二夜三日正月』の決定と開始、各地への祭礼の波及を辿る。