玉屋の小僧忠七の神憑り
どんな伝承か
名古屋の本町二丁目の玉屋に秋葉札が降ったが、惣町代は騒ぎを禁じていた。四、五日行方不明だった小僧の忠七が帰ってきてこれを聞くと大いに怒り、篝火で焼けた木をもって打ちかかった。惣町代が謝ると、今度は火中に入り、奉書紙に「秋葉大権現」と書いた。この小僧はふだん字を知らなかったので、それを怪しんだ者はたちまち気が狂ったという。惣町代が「馬のとう」という名古屋地方特有の祭礼を催すと忠七はようやく本性に戻り、祭礼の最後には町中一統の秋葉山参詣がおこなわれた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・現代(歴史研究))
歴史学者・田村貞雄による、1867年(慶応3)の民衆運動『ええじゃないか』の起源を三河地方の御札降りから検証した歴史研究『ええじゃないか始まる』。伊勢神宮などの御札(御祓)が空から降る『御札降り』を発端とするこの運動の最初期を、従来説より早い7月中旬の牟呂村(豊橋)に特定。神職の記録『留記』を分析し、慶応3年7月14日大西村での御札降り、子と妻の死、宮司森田光尋による『二夜三日正月』の決定と開始、各地への祭礼の波及を辿る。