ええじゃないか - 名古屋での大流行
どんな伝承か
慶応三年、名古屋城下では秋葉山や伊勢太神宮など百六十五種、合計三千四百三枚に及ぶ神仏の御札が降ったとされる。人々は仏前や神前に賽銭箱を設け、少年たちが仮装して馬を牽き、大八車に太鼓や笛を積んで町を練り歩いた。夜は篝火と提灯で町中が白昼のように明るくなり、七日七夜の祝宴が続いて都市機能はほとんど麻痺したという。十一月三日の禁令を経て、七日の蔵王門前・長久寺裏への降札を最後に騒ぎは収まった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
愛知民衆運動の歴史 新版(平成期(推定))
本書は1867年(慶応三年)の愛知県を中心とした「ええじゃないか」民衆運動におけるお札降り現象を、時間的・地理的に体系的に記録した歴史資料である。豊橋市牟呂村での最初の事例から始まり、名古屋城下での大規模な騒動を経て、北方地域および江南地域への波及まで、段階的な拡大プロセスを追跡している。各地で伊勢神宮や秋葉大権現などのお札が降下し、民衆は祭礼や踊りで応答。