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高橋貞子の鉛管文字透視

所在地長野県松本市
年代明治43年12月6日
登場高橋貞子、今村力三郎、高橋宮二、貞子の夫・実験を導いた
出典観念は生物なり

どんな伝承か

高橋貞子は夫の宮二とともに信州松本に住んでいたころ、深呼吸による精神統一を重ね、夫の導きで透視の力を示すようになった。夫が自分で作った実験物では三十回以上よい結果を得たが、学術的には不十分だと考え、東京の弁護士今村力三郎に実験物の送付を頼んだ。明治四十三年十二月六日に今村の作った三個が届くと、夫人ははんだで厳重に封じた小さな鉛管二個について、中に「是空」と「方正」の二字があると答えた。今村からは二つとも的中して驚嘆したとの電報が届き、残る一個の印刷文字も横書きのまま言い当てたという。

原典より

其の一個の内に是空の二字があり、他の一個の内には方正の二字がある。—— 観念は生物なり(福来友吉・心霊・念写研究) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

観念は生物なり(福来友吉・心霊・念写研究)

『観念は生物なり』は、福来友吉が諸雑誌に発表した論文を集めた心理学と心霊研究の論集で、日本心霊学会刊、序は大正十四年春に箕面山の麓で記されている。観念と身体の関係、夢、潜在精神と病気、プランセット(自動書記)、狐憑病の伝染や尼寺のヒステリー、宮本武蔵の剣道などを論じる。明治四十三年以来接した御船千鶴子・長尾郁子・三田光一ら八人の通力者の透視と念写の実験も報告し、「観念と身体との関係」から「生命学と心霊研究」までの十四篇を収める。

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