「小次郎負けたり」の一喝
どんな伝承か
慶長十七年四月、豊前小倉の沖に浮かぶ船島――のちの巌流島――で宮本武蔵と佐々木小次郎が立ち合った。福来友吉はこの勝負を刀の技くらべではなく術くらべと読み、まだ刃を交えぬうちに武蔵が放った「小次郎負けたり」の一声を、気合の見本として取り上げる。気合とは相手の充実を崩して隙を生ませ、そこへ付け入る働きだという。虚を突かれた小次郎はなぜ負けたのかと問い返し、かえって深く術中に落ちた。ここで声を張って押し返していれば縛は解けたはずだ、と福来は説く。
原典より
* 第十 正々堂々* **透視の研究**,* 第一 八人の通力者* 第二 御船千鶴子嬢の透視* 第三 長尾郁子夫人の透視* 第四 森竹鉄子嬢の透視* 第五 高橋貞子夫人の透視* 第六 御船…—— 観念は生物なり(福来友吉・心霊・念写研究・大正〜昭和(戦前)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
観念は生物なり(福来友吉・心霊・念写研究・大正〜昭和(戦前))
観念と身体との関係(物心関係論の歴史・物心相即・観念は生物也・観念活動の規定条件)、「我の能力」と人生(我の能力とは何か 等)を中心に、念写・透視の発見者である福来博士の独自の心理哲学を展開。各項目の冒頭に【日付】【場所】【人物】【状況】マーカー付きで網羅した心霊哲学書。