七ヶ月で消えた透視の力
どんな伝承か
福来友吉が長尾郁子に次いで研究した神通力者は、北海道小樽の森竹鐵子である。鐵子は明治四十三年十月、法学士多木の催眠術によって透視能力を誘導され、その後急速に力を伸ばした。福来は丸亀の旅館でつくった封入実験物を郵送する形で二度の実験を行い、一度目は三通とも的中、二度目も鉛管に封じた文字が一字を除いて的中した。福来は鐵子を、長尾夫人にも御船千鶴子にも優る最大の透視能力者と評している。ところがその力は現れ始めてから七ヶ月ほどで姿を消し、明治四十四年五月に多木に伴われて福来宅を訪ねたときには、影も形もなくなっていた。
原典より
そして、透視に要する時間の短きここによりて、鐵子嬢の能力の如何に優れて居るかを想像するここが出来る。—— 観念は生物なり(福来友吉・心霊・念写研究) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
観念は生物なり(福来友吉・心霊・念写研究)
『観念は生物なり』は、福来友吉が諸雑誌に発表した論文を集めた心理学と心霊研究の論集で、日本心霊学会刊、序は大正十四年春に箕面山の麓で記されている。観念と身体の関係、夢、潜在精神と病気、プランセット(自動書記)、狐憑病の伝染や尼寺のヒステリー、宮本武蔵の剣道などを論じる。明治四十三年以来接した御船千鶴子・長尾郁子・三田光一ら八人の通力者の透視と念写の実験も報告し、「観念と身体との関係」から「生命学と心霊研究」までの十四篇を収める。