福来友吉 少年期の幽霊退治
どんな伝承か
福来友吉は明治二年十一月三日、高山市本町に福来甚吉・よう夫妻の二男として生まれた。生家は商家で、両親は友吉を商人にしようとしたが、友吉は本を読むことを厳しく禁じられても隠れて『日本外史』を読みふけり、国分寺の塔の縁の下に七日間も隠れて読書したこともあったという。教科書を鼻血で染めるほど猛勉強していた斐太中学時代、高山郊外の山道に幽霊が出るとの噂が広まった。友吉は「この世に幽霊などいるはずがない、正体を見破ってやる」と、独り真夜中の山道へ出かけた。すると白衣が闇の中をゆらゆらと動いているのが見え、恐れずに立ち向かうと、それは近在の悪童が棒に白い着物をひっかけて通行人を脅していたのだと突き止めたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊と神秘世界(福来友吉・大正~昭和初期(推定1920年代~1930年代))
御船千鶴子の透視能力(心霊と神秘世界)/催眠術と透視・念写/千里眼事件と心霊実験/神秘世界の探究/福来友吉の超能力研究