不倫の縁組を諫めて出仕を止められた親実
どんな伝承か
天正十六年十月四日、岡豊から大高坂へ移ったばかりの長宗我部元親は、城中に一族老臣を集めて家督相続の評定を開き、四男盛親を世嗣とし、戦死した長男信親の娘を娶らせると告げた。元親の甥婿である吉良左京之進親実は、順序を乱し人倫にも外れると正面から諫め、比江山親興も同調したが、家老の久武内蔵助親信がこれを駁して激しく争った。元親は不快な顔で座を立った。小高坂に住む親実はその日限り出仕を止められ、十月十四日、桑名弥次兵衛と宿毛甚右衛門が検使として邸に遣わされた。親実は碁を打ち終えてから静かに検使を迎えた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(田中貢太郎・河出文庫・明治~大正時代(編纂・出版は20世紀前半推定))
宝蔵の短刀=怨霊と祟り(日本の怪談)/幽霊の自筆・船頭の霊/義人の姿と因果応報/土佐・各地の怪異/田中貢太郎の怪談