蓮池城の麓で討手を迎えた勝賀野次郎兵衛
どんな伝承か
天正十六年十月十四日、長宗我部元親は世嗣ぎ問題を諫めた吉良親実らに死を命じ、比江山親興ら家臣八人が次々に成敗された。蓮池城の東南の麓に住む勝賀野次郎兵衛のもとには土居肥前勝行が討手として送られ、道中で加わった北代市右衛門ら四人とともに次郎兵衛の屋敷へ向かった。次郎兵衛は名刀二振りを見せて挑発したが、やがて背後から両足を斬られて倒れ、最後は脇差を手裏剣のように投げて相手を貫いて討たれたという。その墓は畑の中にあり、村人は『しょうがさま』と呼んでいる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(田中貢太郎・河出文庫・明治~大正時代(編纂・出版は20世紀前半推定))
宝蔵の短刀=怨霊と祟り(日本の怪談)/幽霊の自筆・船頭の霊/義人の姿と因果応報/土佐・各地の怪異/田中貢太郎の怪談