トップ長野県の伝承富士見町

12月22日の原之茶屋の降札が信濃のお札降りの東限とされる例

所在地長野県諏訪郡富士見町富士見原之茶屋
年代慶応3年(1867)12月22日
登場
出典松本市史 第2巻 歴史編2

どんな伝承か

信濃におけるお札降りの東限は諏訪郡であり、その最も東の例が慶応三年十二月二十二日の原之茶屋(現富士見町)への降札であった。諏訪地方では十一月二十七、八日の矢ヶ崎村・上桑原村への降札が初出とされ、高島藩が十一月朔日付で禁令を出したのちも降札はつづき、下ノ原村では村役人が相談して二夜三日の祝宴が催されている。原之茶屋の例は、その流行のもっとも東の端に位置づけられている。

地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史・20世紀(地方史編纂))

本書は松本市史の一部として、慶応三年(1867年)に三河国で発生した「お札降り」現象が信州地方へ伝播した社会現象を詳細に記録している。天から降下する札を祝う「ええじゃないか」の騒動は、豊作祈願と世直しへの期待を背景に、仮装・変装した村民・町民による祝祭的な大騒動へと発展した。松本藩など地域の藩は「西洋流の業」として禁令を発令し鎮静化を図ったが、周辺地域では数日間の賑わいが継続した。

種別から探す

お札降り降札

富士見町の伝承

同じ種別の伝承

同じ文献『松本市史 第2巻 歴史編2』の伝承