11月18日の牛頭天王が降札のはじめ
どんな伝承か
下ノ原村(現下諏訪町)では、慶応三年十一月十八日に牛頭天王の札が降ったのが降札のはじめであった。二十七日から二夜三日の祝宴を催すことは村役人が相談して決めたもので、二十八日からは大祭りとなった。十二月には降札と祭礼のあいだに諏訪下社秋宮へ参詣しており、騒ぎは十日以上つづいたという。高島藩は十一月朔日付で禁令を出していたが、諏訪地方の降札はむしろこれ以後の十一月に多かった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史・20世紀(地方史編纂))
本書は松本市史の一部として、慶応三年(1867年)に三河国で発生した「お札降り」現象が信州地方へ伝播した社会現象を詳細に記録している。天から降下する札を祝う「ええじゃないか」の騒動は、豊作祈願と世直しへの期待を背景に、仮装・変装した村民・町民による祝祭的な大騒動へと発展した。松本藩など地域の藩は「西洋流の業」として禁令を発令し鎮静化を図ったが、周辺地域では数日間の賑わいが継続した。