布崎の沖の島で布を織った山姥
どんな伝承か
布崎の南にある沖の島は、もとは地部の土地と地続きであったが、殿様の時代に北船川が掘られて離れ島になったという。昔、この島には六本の松が立ち、そこに山姥が住んでいた。山姥は下岡田の妙福寺前にあった七本松と、この六本松とを両の柱にして布を織り、最後は六本松の下で死んだと伝えられ、布崎という地名もここから起こったといわれる。松は今では二本を残すのみで、ののへさんと呼ばれて親しまれ、石造りの祠を多宝寺と中林寺の住職が中心となり法華経で祀っている。例祭はかつて旧暦八月十四、十五日の夏祭りとして賑わい、近年も日を選んで講中が集まり盛大に営まれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。