乙女ヶ池
どんな伝承か
島根県松江市に伝わる話によれば、出雲国松江の城はかつて千鳥城と呼ばれ、堀尾氏がこの城を築いた際、幾度石を積んでも土台が固まらなかったため、人柱を立てることになったという。その頃、毎晩美しい声で歌いながら城のそばを通る娘がいたが、人柱の話が持ち上がるとその歌声は聞こえなくなり、娘の体は城の土台の下に埋められてしまった。今でも普門院の近くを通りながら謡曲「東北」を歌うと、必ずその娘の泣き声が聞こえるといわれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。