乙女ヶ池
どんな伝承か
松江城を堀尾吉晴が築いた折、穢れを知らぬ十四、五歳の美しい姫を生き埋めにしたという。姫は盆踊りをしている大手前の人々の中から、いきなり連れて来られて人柱にされた。のち寛文十六年、松江に入った松平直政が初めて本丸を検分し、一番の天狗の間に来ると美女が現れ、この城は自分のもので渡せないと言った。直政が城を譲ると答えると、美女は微笑んで消えた。翌日、宍道湖産のコノシロを供えて霊を慰め、城の右手に美女を祀る小祠を建てたと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。