城壁に埋められた盆踊りの美女
どんな伝承か
慶長十二年の夏、末次で盆踊りの稽古をしていた輪から一人の美女が城へ連れ去られ、崩れ続ける石垣の下に生き埋めにされた。城下で盆踊りが立つと、生贄の女は踊りたい一念で礎から城を揺すったという。三十年後の寛永十五年四月十三日、松平直政が入国して天守の天狗の間に入ると、十二単に緋の袴の女が現れ、この城はわらわのものだと言った。直政がこのしろが欲しければやろうと答え、十六島浦から献じた魚を運ぶ役は子小姓の佐乙女久弥が買って出た。夜、天守で膳を出すと女は宝蔵にあるはずの直政の刀を久弥に与え、翌朝その膳は本丸下の荒神櫓で見つかり、女は二度と現れなかった。女は前の国主堀尾吉晴の娘で、人柱にされたと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。