弁慶森・弁慶島
どんな伝承か
平家の血をひきながら源氏に心を寄せる家に、六尺以上も背のある弁吉という女がいた。縁結びに八重垣神社で占ってもらうと、七浦の潮を汲み枕木山の薬師に願掛け参詣すれば良縁があるといわれ、そのとおり潮を汲んで華蔵寺に参詣し祈願をこめた。ある日、山道で大きな僧兵に会って結ばれる。弁吉は妊娠すると胎児が鉄を欲しがって食べ、晩に鍬や鎌を外へ出すと弁吉に食べられるといわれた。胎内十三か月、近衛天皇の仁平元年三月三日、桃の節句に生まれ、弁太と名づけられた。長海には弁慶が力だめしをした大石があり、その先の弁慶の森に弁吉女霊神の祠と産湯の泉がある。泉を飲むと安産するといい、礼には木の薙刀を奉納する。弁慶は乱暴が過ぎて弁慶島へ流されたが、石を投げて足場を作り戻り、のち薙刀を打った伯父の首をはねて逃げ、千人切が始まったと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。