弁慶森・弁慶島
どんな伝承か
弁慶森の山中に弁吉女霊社があったが、明治十二年に村社長見神社の境内へ移された。社寺明細帳によれば、弁吉は紀州田辺村の郷士誕象の子で、大治三年五月十五日の生まれ。由緒あって久安三年五月中旬に出雲国本庄村長見に着き、三年後に間見谷という山道で風と天狗にまみえて懐胎し、十三か月で弁慶を産んだ。仁平元年三月三日のことである。弁慶十七歳の時に母が死去したので弁吉女霊神として祭り、国を出た。同所の近くの井戸は弁慶の産湯という。弁慶は九歳の頃、腕白で村人が困り弁慶島に捨てられ、山中で天狗から兵法を習った。島から陸地へ一条の砂道があるのは、弁慶が小石を拾って作った道であるという。また大字新庄には弁慶の鍛冶屋という、刀を鍛えさせた所がある。今でも新庄から上宇部尾に至る海岸には砂鉄が出る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。