京丸牡丹
どんな伝承か
京丸は、昔、京家の公達が乱を避けてこの山中に隠れ住んだ者の子孫の住地であったというが、今は家数も減じ、藤原忠教氏宅のみとなった。海抜六百メートルの地で、ボタン谷は千六百メートルという。忠教氏の母のはなさんは、大正二年の茶摘みの頃、ボタン谷の峰に白い大輪のボタンが咲いたのを見たといい、父の作蔵さんも七、八十年前に一度見たという。ただし傍まで行けるわけではなく、確かなことは分からない。「医者薬礼と京丸ボタン取りにゃ行かれずさき次第」という俗謡がある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第7巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第7巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全97話(愛知・岐阜・長野・静岡=中部)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。