白虎隊を率いた少女・出口直日
どんな伝承か
一九一六年(大正五)、大本教の街頭布教組織である直霊軍の別動隊として、少年の白虎隊、少女の娘子軍、幼児の幼年軍、青年の青竜隊が結成された。前年から名古屋と京都で剣道を修業していた十三歳の出口直日は、この白虎隊の指揮者となり、みずから街頭に立って布教した。騎馬を好み、木刀をたずさえていた少女時代の直日は、後年、和歌・能・陶芸などにいそしんで静かな風格を身につけた姿からは想像できないほど、男まさりの活発な少女であり、大本教信者のアイドルであったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・現代(評伝)/明治〜昭和(対象))
村上重良による出口王仁三郎(1871-1948)の客観的評伝。京都・亀岡の貧農の子・上田喜三郎は、祖父の霊の守護や金神の祟りといった霊異の中で育ち、明治31年の高熊山修業で神人感合に達して宗教者へ転身。長沢雄楯(本田親徳の系統)から鎮魂帰神を相承し、綾部で艮の金神の神がかりにより大本を開いた出口ナオと出会って両教祖の経緯(たてよこ)の仕組みを成す。