弔問を咎めた村八分の徹底
どんな伝承か
狐持ちとされた国三郎一門への村八分は葬儀にまで及んだ。昨年十二月、徳田屋彌一郎の父甚右衛門が死去し、故人と親しかった村方約二十名が弔問すると、年寄の幸左衛門が寄合の席で村の規約違反だと厳しく叱りつけた。彌一郎に金を借りていた忠蔵さえ、返金に行けば規約を破る恐れがあるとして訪問を拒んだ。迫害に耐えかねた一門は、村役人より上位の大庄屋へ越訴に及び、人狐祈禱の証拠提出を求められて正式な愁訴の願書を作成することになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・昭和(改訂版))
速水保孝『憑きもの持ち迷信―その歴史的考察』の改訂版。自ら狐持ちの家に生まれた著者が、つきもの持ち迷信による差別を内側から告発し、その歴史的基盤を考察する。序章で研究に志した動機・問題の核心・結婚に直面しての苦悩を語り、人権を脅かす実例として狐持ちにまつわる隔地心中、次々と破談になる三兄妹、隠岐の人狐解消決議、犬神が乳児を食ったと絶交、堆肥小屋に外道を飼うを挙げる。