陰陽師の式神の法
どんな伝承か
陰陽師の記録によく現れる「式神」とは、本来は式占という占いを司る神を指すが、平安の陰陽師たちはより広い意味で用いた。安倍晴明は式神を使うのが得意で、館の戸の開け閉めも式神にやらせたという。式神を派遣して人を殺すところは修験道の護法にも近く、自然界の随所に存在する精霊を自在に操る術がその正体だと考えられる。晴明はまた、道長の法成寺造営の際に地中の呪物を見抜き、紙の鷺を飛ばして呪詛を行った道摩法師を突き止めたと伝わる。晴明の使った式神は十二神将であったともいう。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・現代(解説))
渋谷申博・瓜生中『呪術と占いの日本史―歴史を動かし庶民が信じた知られざる闇の系譜』。古代から近世まで、日本史を動かした呪術・占い・呪詛・怨霊を時代別に解説する。第一章(古代)では屈葬・土偶の人形呪術・鳥信仰、卑弥呼の鬼道、大国主尊伝説、トコヒの呪いと盟神探湯(ウケヒの審判)、妖怪にされた土蜘蛛、景戒の夢占い、人柱伝説、橘奈良麿の僧人形・子狐串刺しの呪詛、童謡の予言、道鏡と宇佐神宮の託宣、怨霊の祟りと遷都を扱う。