第一次大本事件の武装弾圧
どんな伝承か
大正十年二月十二日、京都府下の各署から選抜された約百三十名の武装警官隊が、行く先も告げられず午前一時に招集された。「大本にはすごい妖術使いがいる」「信者が竹槍十万本と手榴弾で蜂起を待つ」といった噂に、隊員は緊張しきっていた。午前八時、綾部に着いた警官隊は地元部隊と合流して本部を包囲し、郵便局や電話局を監視下に置いて外部との連絡を遮断、戒厳令なみの警戒下で本部に突入した。王仁三郎は同日、大阪梅田の新聞社で仕事中を拘引され、京都の未決監獄に収容された。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元・武田崇元・大本研究・現代(著述))
武田崇元『出口王仁三郎の霊界からの警告―発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』。大本の聖師・出口王仁三郎の生涯と予言を、霊界のプログラム(型)として読み解く。