四方平蔵の検挙応対
どんな伝承か
大正十年二月十一日の未明、綾部の大本本部が当局によって急襲され、二百五十名に及ぶ判事や警官が踏み込んだ。だが草創期からの幹部・四方平蔵らは平然として、「神さまもお待ちかねでござります。教祖さまも、警察から調べてもらわねば疑いが晴れず神の仕組がおくれると前々から申されていました。取調べが十年おくれております」と応対した。検束がむしろ十年おそかったと当局に文句をつける調子で、悲壮感も殉教めいた気負いもまるでない。事前に弾圧を予知していた王仁三郎自身も、「ちょっと行ってくる」と言い残して悠々と検束されていったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言・現代(評論)/明治〜昭和(対象))
加藤正民が「天下の浪士」の立場から、出口王仁三郎(1871-1948)を心霊的視座で描く評論。明治25年の出口ナオの神がかり(艮の金神・三千世界一度に開く梅の花)、水行の奇蹟、無筆のナオの自動書記、日清・日露戦争予言の具体的中を起点に、国祖隠退の大本神話と、ナオ(A)と王仁三郎(B)に具現した二大霊流・「火水の戦い」を論じる。